金融機関で数理モデルを使って運用に携わる仕事をしています。すでにご報告はしましたが、学部時代に指導してくださった先生方には、改めて感謝を記しておきたいと思います。

学部時代には、小腸上皮細胞におけるペプチドトランスポーターの吸収メカニズムや、数学では入学前から興味のあった∞-圏といった、それぞれの分野の先端に触れる機会に恵まれました。∞-圏については、モデル圏のDwyer-Kan局所化からはじめて擬圏への移行を再構成したり、(∞,n)-圏のSegal的アプローチについて取り組みました。いずれも第一線で研究されている先生方のもとで学ぶことができたのは、本当に光栄なことだったと思います。

所感

新卒での就職からしばらく経って感じるのは、学問と仕事は思ったよりも地続きだということです。特に、問い方が大事であるという点において。学問は文字通り「問いを学ぶ」ことですが、市場の数理モデリングでも事情は変わりません。先生に繰り返し言われたのは、PEPT1の輸送効率を調べたいという漠然とした関心を、測定可能な問いに落とし込むところが研究の本体だということでした。仕事でもまったく同じで、市場にこういう癖がありそうだという観察から何を検証すべきかを定式化するところに一番頭を使いますし、推定や最適化の技術は後からついてきても、問いの立て方を間違えると正しく解いても意味がありません。

そして、この問いを立てる部分にこそ経験が活きてくるのだと思います。数理ファイナンスの世界では込み入ったモデルよりも筋の通ったシンプルな仮説が好まれるので、ベテランが使う数理は新人の私とほとんど変わりませんが、問いの角度や着眼点が違います。同じ市場を前にして、何を異常として取り上げ何をノイズとして切り捨てるか、どの時間軸でどの変数を見るか、何をやらないと決めるか…経験が蓄積するのはそこであって、モデルの引き出しの多さではないのだと感じています。だとすれば、この問いのセンスを意識的に蓄積させていくことに、この仕事のキャリアの価値があるのだろうと考えています。何より、そこにこの仕事の面白みがあるのではないでしょうか。

ファイナンス

では、それがファイナンスの専門知識とどう結びつくのか。入社前の私は、数理の部分さえ強ければ、市場のデータを前にしてもある程度戦えるのではないかと考えていました。しかし実際には、価格やリターンの時系列をそのまま眺めているだけでは、何を構造として見てよく、何を偶然として捨てるべきなのかを判断できません。金利、為替、株式、クレジットといった各市場がどのような参加者と制約のもとで動いているのかを知らなければ、同じ統計量を見ていても解釈を誤ってしまいます。

ファイナンスの知識は、数理モデルに複雑な装飾を足すためのものではなく、むしろモデルに入れてよい仮定と、入れてはいけない仮定を見分けるためのものなのだと思います。たとえば、ある価格変動を平均回帰として扱ってよいのか、リスクプレミアムの表れと見るべきなのか、需給や制度要因による一時的な歪みと考えるべきなのかで、同じデータから立てる問いはまったく変わります。ここで必要になるのは、高度な数式を知っていること以上に、市場の仕組みや商品性、参加者のインセンティブを踏まえて、数理的に検証可能な形へ落とし込む力です。

その意味で、ファイナンスの専門知識は数理の外側にある背景知識というより、そもそも何を数理の問題として取り出すのかを決めるものなのだと思うようになりました。数学や生命科学で学んだ「現象を測定可能な問いに分解する」態度は、自分にとってかなり大事な土台になっていますが、それだけでは市場に対してはまだ少し足りません。どの現象をどの言葉で捉え、どの仮定のもとでモデル化するかを判断するところに、ファイナンスを学ぶ意味があるのだろうと、最近は受け止めています。

ドメインと問い

数理ファイナンスの世界では、市場の複雑な振る舞いを紐解き、その核心的な構造を数式とコードへと落とし込む「モデリング」が非常に重要視されています。戦略がレジームの変化にしなやかに対応し、過剰なドローダウンに耐えるためには、市場の本質と仮定の構造が一致していなければならないからです。例えば金利であれば、単に利回りが上がった下がったを見るだけではなく、カーブのどの年限が動いているのか、それが政策金利の織り込みなのかタームプレミアムの変化なのか、あるいは需給による一時的な歪みなのかを分けて考える必要があります。クレジットでも、スプレッドの拡大をすべて信用リスクの悪化として扱うと、流動性プレミアムやリスクオフ時のポジション解消を取り違えてしまいます。こういう切り分けをしないまま過去データに当てはまりのよい式を書いても、それは市場を見ているというより、たまたま残っていた形をなぞっているだけになってしまいます。

しかし、市場の真の姿は最初から自明なわけではありません。漠然としたアノマリーらしき現象や、複雑に絡み合った要因の中から、真に解くべき問題は何なのか、リスクとリターンの本質的な構造はどこにあるのか、と問い続けて整理しないといけません。どれほどきれいなモデルを書く技術があっても、この問いを間違えてしまえば、実態から乖離した、相場の変化に脆い戦略ができてしまいます。興味深いのは、関心領域を切り取る(モデリングや、問いを立てる)ことが、戦略の質や運用上のインパクト両方にとって価値がある、ということです。

会社選び

ただし、これは自分が問いを立てる側にいる場合の話です。就職活動のとき、この点をかなり気にしていました。金融機関で数理を扱う仕事は日本ではやや多義的で、同じ括りに入っていても、自分でリサーチアイデアを出して戦略を組成する人もいれば、上流が定義した数式やプロダクトを実装するだけの人もいます。後者の世界では、どれほど数理が強くても問いを立てる経験を積むことができず、何年経っても「答えを出す」側に留め置かれることになります。

どんなに優秀な学生でも、問いを与えられてデータを取るだけの環境にいたら研究者にはなれないように、環境によって蓄積されるものがまったく変わってきます。ちなみに私は外資系に就職したのですが、日系金融機関で就職活動をしたこともないので、語れるほどの違いはわかりません。需要があれば就職活動の詳細もいずれ書こうと思います。